今日は旧暦の新年。朝起きてメールをチェックすると、姉からのメールがきていました。私宛てに届いていた年賀状の中に差出人が書かれていないものがあるけど、この文章で予想がつくかということで、下の一文を転送してくれました。
「15才で迎えた敗戦の夏の日、工場の周囲にひろがる一面の稲穂の実りに、わき上がる希望を感じた事を思い出します。」
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緑に見える部分が「麦畑」 |
地震が発生したあのとき、ちょうど麦の納品作業が行われていたそうです。作業にあたっていた人たちはトラックを置いて高台へ非難。津波によって麦は押し流され、付近一帯に「蒔かれ」、やがて芽を出したというわけです。
津波の爪痕がまだまだ残る中に、青々とした麦。自然の再生力にすっかり感心させられたのを覚えています。
何年後かに振り返ってこう言いたいものです。2011〜2012年は日本の転換点だったね、と。日本から離れた場所から日本に対してできることは限られていますが、どこにいてもできることはあります。福島の事故は、原発事故はひとたび起こってしまえばそれは一国だけの問題ではない、ということを私たちに認識させました。
姉が転送してくれた大切な方からの言葉は、旧暦新年の贈りものとなりました。
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