2012/03/08

間もなく1年

一瞬だけ、選ばれた所に当たった夕焼け
台所の窓から

あれからもうすぐ1年か・・・
と思っていた矢先に父から短いメールが届きました。

いつものように特に前置きもなくはじまる父のメール。件名は「間もなく1年」。


東日本大震災の発生から間もなく1年。あの日に宮城県内で生まれた赤ちゃんは47人だったそうです。

地震、津波と余震。そんな状況での出産。
人間の力ってすごいな、とあらためて思いました。
その赤ちゃんたちも、間もなく1才です。

2012/03/07

助産婦さん選び

外の風の様子を知らせてくれる木々

私のお腹の中にいるちいさな人間。日々活発に動いています。あっという間に妊娠27週目です。そろそろ助産婦さんと、実際に出産をする場所を決めないといけない時期がきました。

ドイツでは、普段検診に行く所と、実際に出産する所は異なります。選択肢は主に3つあって、病院、日本でいう助産院のような所、あとは自宅です。

助産婦さんに関してはふたつの選択肢があります。ひとつめは、一回の出産に複数の助産婦さんが関わるパターン。出産前の検診や質疑応答などは定期検診をする所にいる助産婦さんが行い、出産時に立ち会う助産婦さんは産む場所にその時いる助産婦さんが担当、産後のケアを提供してくれる助産婦さんは別に選ぶ。選ぶにあたってのポイントはいくつかあって、そのひとつが助産婦さんに何を求めるか。ある人はホメオパシーが得意、ある人は母乳指導が得意など、それぞれ得意分野があります。それから産後のケアは家に来てもらうので、その助産婦さんが出張範囲としている地域もポイントになります。あとは私のようにドイツ語に問題がある人は、その助産婦さんはどんな言語が扱えるかも重要。もうひとつの選択肢は、妊娠中から出産後まで同じ助産婦さんにすることです。

ある友人は産後ケアをお願いするために選んだ助産婦さんが気に入ったので、その助産婦さんが登録している病院で生むことを決めたそう。そのメリットは、病院に着いてから生まれるまで同じ助産婦さんがずっとついていてくれること。他の友人は、病院に着いてから、実際に産まれるまでの7時間に助産婦さんがシフトの関係で入れ替わり、立ち代わり。陣痛で苦しむ中いろんな人に自己紹介をされたな、という記憶があるそうです。  

私は検診を受けているお医者さんから勧められた助産院に登録している助産婦さんに、今後の助産婦さんによる定期検診から、出産の立ち会い、産後のケアまでお願いすることにしました。イギリスで鍼灸を学んでいたという方で、英語でコミュニケ—ションが取れるのも大きな理由です。隔月で行う、エコーをとるお医者さんによる検診は、これまで通っていた所で、同じお医者さんの元で行います。

ちなみに妊娠中、出産、出産後まで同じ助産婦さんにするということは、自分の出産予定日付近には、その助産婦さんはいつでもかけつけられるような態勢でいる、ということ。そのための費用は350ユーロで、一部は保険でまかなわれます。私が現在申請している保険会社の場合は、350ユーロのうち250ユーロがまかなわれるそうです。

ドイツに来てから実感するのは、妊婦手当、育児手当、パートナーの育児休暇手当、出産にかかわる費用はほぼすべて保険でまかなわれる点などいろいろ考慮すると、出産・育児の環境が日本よりずっと整っているのでは、ということ。でも、ドイツの出生率は決して高くありません。日本と同じく少子化が進んでいて、WHO(世界保険機構)の統計によると、出生率(女性が生涯に産む子どもの数の推計値)は日本もドイツもほぼ同じで、1.3。原因が気になります。

2012/03/03

ミュンヘンへ小旅行

ミュンヘンへ向かう車窓からの一枚
ミュンヘンへ3泊4日の小旅行。目的は出産予定まであと1ヶ月の友人夫婦を訪ねることです。

ミュンヘンはドイツの中でも大きな都市のひとつですが、車で1時間でも出かけると山あり、湖ありで自然が広がっています。ベルリンにも湖がありますが、大きく違うのは景観の中に山があること。低い丘でもいいので景観に何か凹凸が欲しい私にはなかなか魅力的。でも、都市としてはベルリンの方がずっと肌に合います。

さて、家でサッカー観戦を希望する男性陣を説き伏せて、Schlierseeという名前の湖に出かけ、そばにある低い山に登ってきました。湖を眺めながら、牧場の中に通るトレッキングコースを歩くこと約1時間半で頂上に到着。頂上にはお城の跡がありました。どこの国でも権力者は、労働者が悲鳴を上げたくなる場所に何かを建てたがるものですね。晴天で、長袖のシャツの上にフリース一枚でちょうどいい快適な陽気。いたるところに雪が残っていて、色のコントラストがとってもきれいでした。

帰りに新鮮な牛乳を手に入れて、チーズをつくろう、ということになりました。
私は温度を見ながら牛乳をまぜる係りになったため、写真を撮っている余裕がなく途中の写真がありませんが、できあがりがこれ。自家製フェタチーズです。


トレッキングの翌日は今年初のバーベキューで
自家製フェタのホイル焼き
にんにく、ローズマリー、オリーブ、チリを少々
毎日食べたくなるくらいのおいしさ!
ところで今回チーズをつくるにあたって、牛乳について少しだけ詳しくなりました。ホモジナイズド牛乳と、ノンホモジナイズド牛乳についてです。この言葉、耳にしたことがありますが、その実体についてはよくわかっていませんでした。簡単に説明するとこういうことだそうです。

絞ったばかりの牛乳を置いておくと丈夫に脂肪球と呼ばれるクリーム層ができる。脂肪分が分離しないようにこの脂肪球をこなごなに壊し、成分を均一にすることを「ホモジナイズする」という。つまりこの行程を経た牛乳は「ホモジナイズド牛乳」。この行程を経ていない牛乳は「ノンホモジナイズド牛乳」です。

消化吸収などの観点からすると、ホモジナイズド牛乳の方が脂肪球が細かくなっているので、消化吸収が早くなる。その反面、脂肪の膜で保護されていたタンパク質などが急速に体内に取り込まれるため、お腹を壊したり、アレルギーの原因になることも。一方ノンホモジナイズド牛乳は、胃液や消化酵素の働きでゆっくり消化吸収される。乳糖などの栄養素が脂肪球の中におさまっているので、お腹を壊さない場合が多い。そういえば小学校の頃、給食の牛乳が飲むとお腹が痛くなる、というクラスメートがいました。

市場の観点からすると、ホモジナイズド牛乳の方が市場効率がいい。なぜなら、ホモジナイズを行うと、工場での高温殺菌などの熱処理が円滑に進み、扱いやすくなり、生産効率が上がるので大量生産ができるから。日本でも、どうやらドイツでも現在一般的に市場に流通しているのは、ホモジナイズド牛乳です。

今回手に入れたのはノンホモジナイズド牛乳。翌朝友人が絶賛していたので、コーヒーに少し入れてみました。普段は牛乳が入っているコーヒーは好きじゃない私でも「おいしい!」と思いました。

さらに今回私たちが買った牛乳をつくりだしてくれた牛は、冬の間、刈り取った後に乾燥させて大きなビニールにくるんで保存している飼料を食べているそう。日本でも、牧場でビニールにくるまれた大きな丸い固まりが転がっているのをを見たことがあります。この飼料を食べている牛から絞る牛乳は、特定のチーズをつくるには発酵がうまくいかない場合がある、とか。つまり、その牛が何を食べているかによっては、作れないチーズがあるということでした。チーズ文化が、酪農のあり方と密接な関係があることがうかがえます。

発酵食品は本当に奥が深いです。



2012/02/28

Berlin Miso



すでにすっかり遅くなってしまった味噌づくり。3月はじめに数日間ミュンヘンへ出かける予定になっているので、その前には!ということでついにお味噌を仕込みました。

これまでの味噌づくりと違うのは、まずは材料です。
麹は生麹ではなく、日本からもってきた乾燥麹。塩と大豆は近所のオーガニックショップで購入。塩は海塩ではなくヒマラヤの岩塩、大豆は日本の国産大豆ではなく中国産の大豆を使用しました。フードマイレージの高いお味噌になってしまいました。来年は材料をもっと厳選したいものです。

あるお味噌屋さんのサイトに「味噌屋が教える失敗しない手作りみその作り方」という情報があったので参考に読んでみると、味噌づくりで一番大切なのは豆の炊き具合だそう。食べてもおいしい大豆であることが手づくり味噌の材料として良い大豆、ということだったので、つまみ食い(お料理の醍醐味)。
・・・合格でした。

塩きり麹につぶした大豆を混ぜて、混ぜて、混ぜて。これも新しい試み、琺瑯の容器につめて完了です。あとの仕事は微生物たちに託します。

そういえばこれまでと違うことといえば、何よりも日本とは気候が違います。
さて、どうなることやら!

偶然にもかけていたエプロンに
味噌瓶の図柄を発見

2012/02/19

つかみどころがないという魅力



12月にベルリンに戻ってくるとき、乾燥麹をもってきました。2月ももう後半。そろそろお味噌を仕込まないと。

ベルリンで最初の味噌づくり。麹はあるし、大豆も手に入る、しかし容器の問題がありました。日本で定番のあの茶色い瓶のようなものを探しましたが見つからず。いろいろ調べて、ベルリンで手に入るもので最適なのは琺瑯素材だということに。インターネットで見つけたLIVという琺瑯製品専門のお店に出かけてきました。びっくりするくらいかわいいお味噌入れを手に入れましたよ。微生物たちがせかせか(それともゆるゆる?)働いて完成させてくれる発酵食品はつかみどころがなくて、そこが魅力的です。ベルリンの気候では、どんなお味噌が完成するでしょうか。



ベルリンは12の区(Bezirk)に分けられていますが、琺瑯屋さんがあるのはパンコー区(Bezirk Pankow)の、プランツラウアー・ベルグというエリア。家からはバスと電車に乗って45分くらいの距離です。

大都市ベルリン。エリアによってさまざまな表情を見せてくれます。駅の外に出てまず気がついたのが、落書きがほとんどないこと。我が家の近所は芸術的なものから、あちゃーというものまで、多種多様な落書きがあります。カフェやお店の外観は町の雰囲気をつくりだしますが、駅の周辺にはDEAN & DELUCAのような清楚な感じの食材屋さんやカフェがありました。我が家の近所にあるカフェはもう少し庶民的というか、まったりしているというか。また、近所でも北側に行くと、そこはトルコをはじめとするアラビア文化圏からの移民がとても多いエリアで、彼らの服装、とびかう言語、お店の看板や外観などが独特の雰囲気をつくり出しています。

「ベルリンらしさって何?」と聞かれたら、その答えはいったいなんでしょうか。ベルリンは本当に大きな町で、私はそのほんの一部しか知りませんが、それでも歩けば歩くほど、知れば知るほど、その答えがわからなくなります。この町は、だからこそ魅力的なのかもしれません。

2012/02/15

運河が融けはじめました

花ってどうしてこうも静かに、
しかしドラマチックに散っていくのだろうか

もう過去何十年間も日々裏切られ続けているのに、いまだに信頼を寄せてしまう天気予報。昨晩は夢にまで登場しました。

だれにむかって言っていたのかは思い出せませんが、「天気予報によると明日の気温16.5℃だって!」と興奮する私。汗だくで目が覚めました。

朝運河をながめると、氷が融けはじめていました。

氷河が融けるときみたいな音が聞こえるのかな、グラスに入れた氷にウイスキーを注いだときのような音がするのかな、と楽しみにしていましたが、静かにゆるりと融けていくようです。

今日の運河
2月3日の朝の運河
合っているのかとても怪しい我が家の温度計で
ひさしぶりに見た気温0℃以上




2012/02/13

運河の上を歩く


南の国の、ある小さな島のお話。
島の中央には道が1本あって、
毎日、何人もの人がその道を通る。
道の両脇には椰子の木が茂っていて、
毎日、たくさんの実を落とす。 
ある朝、道を歩いていた男の頭をココナッツの実が直撃。
消えゆく意識の中、男はこう自分に問うた。
why me? ーなぜ私がこんな目に
そして男は息絶えた。

毎日たくさんの人が同じ道を通り、毎日たくさんのココナッツが落下するのに、なぜこの男にだけココナッツは直撃したのか。そのことについて考えるのが、君たちが今から学ぼうとしている文化人類学です。と、大学の授業で聞いた気がします。(たぶん勝手な解釈+記憶違いあり)

さて、連日寒い日が続くベルリン。ニュースでは「欧州大寒波」、「ドナウ川凍結」といった言葉を目にします。そしてついに、先日運河が完全に凍結しました。

スケートやそり遊びにいそしむ人びと、自転車で走っていく人、買い物袋を下げて歩く人、ベビーカーを押して歩いている人、スケートで駆け抜けていく人、急ぎ足で歩いて行く人。我が家のバルコニーからは、さまざまな人の往来をながめることができます。この運河は現在は夏に観光客を乗せた船が通るのみですが、凍結してその上を移動できるようになった今、本来の輸送ルートとしての運河の役割を果たしています。

運河を通って食糧品の買い出しに出かける人や、
自転車を輸送する人も
ある平日の昼。あいかわらず気温は0℃以下だけど、天気がいいのでお散歩へ。近所に運河が二手に別れるところがあるのですが、そこは今や車の心配をすることなく遊べる開けた空間となっています。太陽の光の元で、たくさんの人が運河の上に降りて歩き回ったり、スケートをしたりしていました。運河に降りるルートを探しながら歩き続けると、やっと階段を見つけたので降りてみました。

しかし、いざ降りてあたりを見回すと、だれもいません。しかも、太陽はどこへ?さっき通った場所にはあんなに人がいたのに、あんなに太陽が輝いていたのに。不安になったので、人びとがいた方へ移動することにしました。歩きながらふと浮かんだ物語が冒頭の男の話。もし落ちたら、消え行く意識の中で"why me?"と自分に問うたことでしょう。

週末、朝起きて運河をながめると、人、人、人。普段と比べるとアメ横なみの混み具合です。
妊婦じゃなかったら、
この子たちと一緒に背中すべりに
いそしんだことだろう
昨年の夏の夕暮れ時に
上の写真に写っている橋の上から撮った写真

今日は友人を近所の駅に送った後に、運河沿いをぶらぶら。道中、「ある理由」で帰路を急ぎたくなりました。しかし、運河を渡らなければ家には帰れず、橋がないと運河は渡れず、自分がいた地点はどの橋へも同様に遠く・・・。ひょいとあるアイディアが浮かびました。今だけ使える近道です。いやあ、便利、便利。でも、やっぱり早く暖かくなってほしい・・・。

運河の氷がいつ融けはじめるのかわかりませんが、融けるときの音を聞くのが楽しみです。そしてその音は自分の足元ではなく、バルコニーの上から、それもココアを片手に聞きたいものです。足場を失いながら、"Why me?"とならないためにも。

凍った運河の上でも
ビールを飲んでいる人がちらほら。
mr.
モッツァレラもそのひとりでした。
ああ、自分はドイツにいるんだな・・・と思った瞬間!